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書簡 その205 染井吉野の故郷

森耳の収録が早く終わったので、六義園のシダレ桜のライトアップを見様と出かけたのだが、まだ4時。

今日観る予定の中野のザ・ポケットで公演中の劇団くらげ荘の開演は7時。

さて弱った・・・どうやって時間を潰そうかと思ったが、そうだ今処は駒込、染井へ行こう。

染井とは駒込在は染井村。(現在の豊島区駒込)。言わず知れたソメイヨシノの古里だ。

江戸時代、植木職が多く、伊藤伊兵衛の輩出によって江戸園芸の中心地として栄えた。

そして幕末エドヒガンとオオシマザクラを交配して吉野桜として売り出したのがソメイヨシノ。

明治になって吉野山のヤマザクラと紛らわしいということで供給地の染井の地名を冠してソメイヨシノと命名した。

命名者は博物局の藤野寄名と伝えられる。

最近までエドヒガンとオオシマザクラの交配種と言われていたが、

近年、科学の進歩でDNA鑑定の結果、オオシマザクラと園芸品種である小松乙女の交配であることがわかったと聞いている。

ソメイヨシノは成長が早く、美しいので全国各地の公園、学校、河川堤などに植樹され、現在観桜の80%はソメイヨシノといわれるくらいだ。

その染井を歩いて見様と染井商店街に入る。狭い道の両側には商店がビッシリ。

夕方の買い物客もいっぱい。桜祭を開催中だが、桜は見当たらない。

道を聞くついでに桜の話をすると、墓地の桜が満開というので行ってみる。

散り出して地面をピンクに染め始めたが、ギリギリ間に合った。見事なソメイヨシノでした。

そのまま巣鴨まで歩いて中野のザ・ポケットに向った。現在の染井には桜の故郷の面影は無いが、

商店街には活気があり、どこか懐かしい味わいのある風情は、散策におすすめです。

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