top of page

書簡 その201 ふと思う

若い頃には、幕末の激動の時代、若者達が本当に日本という国を憂いて激しく揺れ動いた時代に生まれて来たかった、と思った頃があった。

また、明治末期から昭和の初期に掛けて「至る処に青山あり」と大陸に飛び出していった時代に生まれれば等と思った事もあったが、

考えてみれば大戦後の廃墟から凄まじい発展を遂げ宇宙に行くという夢が実現した文明社会。

この現代に生きたということはすばらしい事だと思う。

つまらない事と言う人もいるかも知れないが、何より2000年という世紀を跨いで生きたという事は凄い事だと思う。

(ただ偶然でしきゃないのだが)でも、これって凄い事だと思いません?

こんなことを考えるようになたのは年の所為なのかなぁ。そんなことを思う、今日この頃です。ご意見、窺いたい。

閲覧数:9回0件のコメント

最新記事

すべて表示

書簡 その219 ライブを終わって

やってみるもんですなぁ・・いろんなこと。いえね、歌の無いライブと称して、昭和20年代頃の話とその頃活躍した芸人の話を1時間20分程したんですがね。 まぁ良し悪しは来て頂いたお客様が決めることですが、僕自身はやってよかったです。若い人に興味を持ってもらったり(特に都々逸)、年配の方には懐かし がって頂いたり。それもさることながら、初めての試みで新しい発見がたくさんあった事。面白いもんですねぇ。客席に

書簡 その218 忘れてほしくない話

戦場のメロディ(モンテンルパの・・・)テレビを観て久しぶりに泣いた。涙が止まらなくて自分で驚いた。 話は戦後、昭和20年代に実際にあった話で、戦犯としてフィリピンで死刑判決を受けた108人の元日本兵が 人気歌手渡辺はま子の努力で助け出された話だ。 当時、大変な話題で、僕もニュース映画で帰国の様子を観て知っていたのだが、すっかり忘れていた。 このドラマは、実写や当時戦犯で現在、健在の方へのインタビュ

書簡 その217 おいらん

言わずと知れた、吉原の太夫のことである。 太夫付きの「かむろ」が「おいらのねえさん」と言ったのが語源との説が有力だが、こんな説もある。 おいらん・・漢字では、はなにさきがけると書いて「花魁」と書く。だから一番という意味だというのである。 たしかに太夫は最高位だから、一番でおいらんなのだ。 魅けて咲く花が一番ならば「梅」が一番だと言った梅好きがいた。 たしかに、昔から「梅は春一番に百花に魅けて香りを

תגובות


bottom of page